2015.03.30

京都 村田あつみ @同志社大学

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眞角 帆南日本赤十字九州国際看護大学4年生

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リボン

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美学生インタビューInterview

美学生図鑑が、人生を変えた

3年前(2012年の2月)に美学生図鑑のモデルにスカウトされ、人生が変わったそうですね。それまでの村田さんはどんな大学生だったのでしょうか?

小さい頃から絵を描いたり何かを作ったりするのが好きで、高校時代から漠然と将来はデザイナーになりたいと思っていました。なのでデザインを学べる専門学校への進学も考えていたんですが、親の意向もあり一浪して同志社大学の社会学部へ進学したんです。大学に入ってからもデザイナーへの憧れはありましたが、学部の勉強内容はデザインとは全く関係ない分野だったので、特に何かに打ち込むこともなく何気ない大学生活を送っていましたね。

そんな村田さんに2012年2月、転機が訪れたと。

はい。当時サイトが立ち上がって間もなかった「美学生図鑑」のモデルにスカウトされたんです。あれは2月の寒い日のことでした。ちょうどテスト期間中で、試験が終わって一人で同志社大学の新町キャンパスを歩いていたところ、美学生図鑑初代運営代表の黒田淳一さんと現編集長の辻村真依子さん(当時アシスタントカメラマン)に声をかけられたんです。その頃の美学生図鑑は大学内でモデルの発掘を行っていたらしく、たまたまその日同志社大学へスカウトに来ていたそうです。「2時間キャンパス内を探しまわってやっと良い子を見つけたわ!」と言われ、驚きながらも撮影を引き受けました。

そこから、どうやってデザイナーへの道を切り拓いたんですか?

撮影が終わってから、ネットで美学生図鑑を検索してTwitterの公式アカウントをフォローしていました。そしたらある日、「初心者大歓迎!Webデザイナー募集」というツイートが流れてきたんです。それは美学生図鑑の運営会社である株式会社Campusのスタッフ募集でした。そこで初めて私は、美学生図鑑の運営をしているのが学生であること、運営会社のCampusも学生が立ち上げた会社だということを知りました。そして何より驚いたのが、Webサイトの制作も学生がやっていたということ。自分と同世代の人がこのサイトを作ったんだと知って、感動と同時にとても悔しく感じました。しかも、作っているのは専門学校生ではなく普通の大学に通う学生だったんです。今まで「私は専門学校生じゃないしデザイナーを目指すのは厳しいよなぁ」と諦めていたけれど、自分にも可能性があるんだと勇気をもらいました。そこで、そんな優秀な学生が集まる会社で働きたいと思い、Campusのデザイナーに応募することを決めたんです。

“デザイン”はアートじゃない

そして、Campusで活動することになったんですね。

応募した次の日に面接があって、ぜひ一緒に活動していきましょうという話になりました。そして、「とりあえずこれ来週までに全部読んできて〜」と、デザインに関する本を20冊ほど渡されました(笑)加えてロゴ制作のタスクも課せられて…いきなりだったのできつかったですね。 作ったデザインを初めて社長の國重侑輝さんに見せたときは、「微妙。あと5案くらい考えてほしい。てか、そもそもデザインの基本知ってる?コンセプトから考え直してー」と、自分が必死で作ったものをゼロから作り直すようにと突き返されました。そのときに國重さんに言われた「“デザイン”はアートや自己主張じゃなくて、相手に何かを伝えるためにあるものだよ」という言葉がとても印象に残っています。コンセプトや想い、目的を汲み取ってそれを形にすることがデザインだということに気付かされました。それまでは感覚でこの色がいい!とか、「オシャレだから」「カッコいいから」という理由だけでデザインを決めていたけれど、文字の大きさや余白など細部の意味にまでこだわってデザインするようになりましたね。

なるほど。デザイナーとしての心構えもそこで学ぶことができたんですね。

はい。あとはひたすら経験を積み重ねました。大学に通いながら週5でオフィスへ行って、週3日は泊まり込みで作業していました。初めはWebのアイコンやロゴなど小さいパーツを作ることから始まり、徐々にサイト全体の設計やコーディングなども覚えていきました。社長には何度も叱られましたね。自分では完璧だと思って提出したものを「15点」と言われ、深夜にオフィスの外で一人号泣したこともあります…(笑)そんな風に凹んでは立ち上がって根気強くデザインと向き合ってきた時代が、今の私の糧になっていると思います。

学外での活動に力を入れていたら、大学での勉強がつまらなく感じることはありませんでしたか?

それがそうでもなくて、逆にデザインをやるようになってから社会やビジネス、経済なんかを身近に感じることができて、大学の授業も面白いと思えるようになったんです。一見つまらなく感じることも、何か自分に活かせるかも知れないとか、いつかそれに関連するデザインを担当することがあるかもって考えたら興味深く感じて、今までより真剣に授業に耳を傾けるようになりました。

Campusでデザイナーとして活動し始めてから約一年後、2013年に美学生図鑑のサイトリニューアルでWebデザインを担当することになったそうですね。

日頃から「美学生図鑑のWebデザイン担当したいなぁ」と社長に漏らしていたら、私に任せてくれることになったんです。注目されているメディアだったのでプレッシャーはありましたが、自分がデザイナーとして活動するきっかけとなったサイトのデザインを担当できるというのは感無量でした。また、デザインだけでなく、美学生図鑑のコンテンツ作りや方向性なども辻村編集長と一緒に話し合いチームとしてメディアを作り上げる経験はとても楽しかったです。

サイトを制作してから何か反響はありましたか?

就活のときに自分の制作実績として美学生図鑑のことを話すと、採用担当の方や東京の方もほとんどの人が美学生図鑑のことを知っていたんです。「え、あのサイト君が作ったの!?」って。自分がデザインしたサイトを知ってる人がいるって、なかなかないことじゃないですか。だから本当に嬉しかったし誇りに思いましたね。

『逆境はチャンス』

大学卒業後の進路を教えてください。

この春からは上京し、八重洲のIT企業でWeb開発者として働きます。と同時に、仲間と一緒に立ち上げたカップルフォトサイト「Lovegraph」の取締役や、「Design Girls」という土日に開講している女の子のためのデザイン講座の講師としても活動していく予定です。Webにおける技術職は非常に多様な働き方ができるので、今の私にとても合っていると思います。

将来的にやりたいことなどはありますか?

「ものづくり」が好きなので、Webだけに拘らずものづくりのフィールド変えて何かをやっていきたいなとは思っています。それはITとは掛け離れた「食」の業界かもしれません。なんとなくですが、15年後くらいにはパンやスイーツを作っている気がします(笑)

最後に美学生図鑑を見ている大学生へメッセージをお願いします!

私が一つ伝えたいことがあるとすれば、『逆境はチャンス』だということです。人は皆、平等ではありません。生まれ持った才能も違うし、家がお金持ちかどうか、美人かどうか、肌の色、住んでいる地域などで与えられるチャンスの数も違います。私はデザイナーになりたいと思っていましたが、高校も普通科、大学も一般大学でどこにもチャンスはありませんでした。今思えば「チャンスがない!!」と思った瞬間がチャンスでした。私はそこからアルバイトをしてMacを買い、専門学校にWスクールすることを決め、デザインのフィードに足をねじ込みました。自分が圧倒的にスタートも遅く、環境も効率も悪いと思っていたので、たくさん時間をかけて努力しました。もしかしたら、人より5倍も10倍も時間をかけていたかもしれません。もし始めからすべてを与えられていたら、こんなに努力をするチャンスはなかったと思います。
色々話しましたが、人生は一度っきりで、しかもとっても短いです。自分の人生をどう生きるかは人それぞれです。月並みなエピソードかもしれませんが私のこの話が誰かの参考になれば幸いです。

美学生プロフィールProfile

プロフィールphotos

村田 あつみ 同志社大学社会学部社会学科4回生

>お仕事を依頼する
生年月日
1991年9月3日
出身地
大阪府
憧れの人
両親のような夫婦
異性を落とすコツは?
職業柄、仕事仲間に男性が多く、あまり異性として意識しないです
性格を一言で表すと?
怖がり
主な活動
Webデザイナー / ディベロッパー

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