美学生インタビューInterview
布施戎神社のミス福娘に選出!朝から晩まで鈴を振り続けた十日戎
山内さんは布施戎神社(大阪府東大阪市)の2025年度ミス福娘に選ばれていましたよね。まずは、応募のきっかけを教えてください。

福娘お披露目パレードにて
2つ上の姉の影響です。私が大学1回生の時に、姉が地元の神社で福娘を務めたんですよ。参拝者の方にご奉仕する姿がとてもキラキラして見えて、「私も福娘をやってみたい!」と強く憧れました。
そして、翌年に3つの神社の福娘に応募したんです。特にどこの神社というこだわりはなかったので、地元の神社と今宮戎神社、そして布施戎神社に応募しました。結果的に、一番選考が早く進んだ布施戎神社で福娘に選んでいただくことができたので、他2つは辞退させていただくことになりました。とにかく福娘になりたい気持ちが強く、「当たれるだけ当たってみよう」という気持ちだったんです。
3つも応募したとはすごいですね!選考はどのように進んでいったんですか?
400〜500人の応募があり、まずは書類審査で一気に絞り込まれます。その後、2次面接で25人の福娘が選ばれ、さらに後日、その中からミス福娘1名、準ミス福娘2名、入賞者6名を選出するコンテストが開催されるという流れでした。ミスと準ミスに選ばれた3名は、十日戎だけでなく、年間を通して布施戎神社のさまざまな行事に参加することができます。
面接はいかがでしたか?
2次はグループ面接で、一人ずつ順番に自己PRをするのですが、このようなオーディションに参加するのは初めてだったので、とても緊張しました。
私は事前にしっかりと準備をして本番で力を発揮するのが得意なタイプなので、家で入念に練習を重ねました。自己PRの様子をスマホで録画して見返したり、家族からアドバイスをもらったりしながら、話すスピードや抑揚を調整して、より印象に残るように工夫しました。
また姉からは、とにかく笑顔を絶やさないことと、はきはきと喋ること、そして、他の人が自己PRしている間もしっかりと話を聞く姿勢が大切だと教わりました。
そして見事、福娘に選ばれた山内さん。その後、ミスと準ミスを決めるコンテストに臨んだんですよね。
福娘に決まってからちょうど1週間後にコンテストが開催されました。地元のホールにステージが設置され、タレントのタージンさんとフリーアナウンサーの方が司会を務めてくださり、YouTubeで配信もおこなわれるなど、本格的な雰囲気でした。
このコンテストでは、私がプロ野球の球場でビールの売り子のアルバイトをしていることや、小学生の頃から9年間ソフトボールを続けてきたことなどについてお話しました。福娘って一見華やかに見えますが、実際にはとても体力のいるお仕事だと感じていたので、自分の忍耐力や継続力をアピールしたいと思ったんです。
手応えはありましたか?
それが……緊張してしまって練習通りにいかず、自己PRのあとの質疑応答も思うように答えることができなかったんです。
地元の警察の所長さんが審査員として参加されていていて、その方から「ミス福娘に選ばれたら、一日警察署長を務めるお仕事があります。あなたはそのお仕事に来られますか?」と質問されたんです。
質問の意図がわからず、一瞬頭が真っ白になってしまいました。単純に「来てくれますよね?」と尋ねられただけかもしれませんし、「警察にお世話になるようなことをした経験はありませんか?」と、一日署長を務める資格を問う質問だったのかもしれません。
焦った私は、「ビールをお持ちして参加します!」と答えてしまいました(笑)今振り返ると、ビールを持って警察署に行くなんて一番ダメな回答だったと思うんですけど、その時はとにかくその場を乗り切ることで精一杯だったんです。
確かに、難しい質問ですね。では、ミス福娘に選ばれる自信はあまりなかったのでしょうか?
結果についてはまったく期待していませんでした。結果発表は当日におこなわれ、入賞者、準ミス福娘、ミス福娘の順で発表されるのですが、準ミスの時点で名前を呼ばれなかったので、もう無理だろうと諦めていました。
なので、ミス福娘に選ばれた瞬間は、「まさか私が……!」と夢のような気持ちでした。会場には家族も見に来てくれていて、観客席で泣いて喜んでくれている姿を見た時にようやく実感が湧き、喜びが込み上げてきました。
十日戎の活動はどうでしたか?
ミス福娘は、福笹などをお買い求めくださった参拝者の方お一人おひとりに対して、「ようお参りです」と声をかけながら、頭上で鈴を振ってお祓いをする役目を担います。
とにかく参拝者が多く、朝から晩まですごい賑わいで……長時間立ちっぱなしでご奉仕をするので正直、とても過酷でした。しかも、ちょうど十日戎の期間が大寒波に見舞われ、雪も降るほど寒く、カイロを何個も貼って対策をしながら臨みました。

本当に大変ではありましたが、鈴を振ってお祓いをした際に、「ありがとう。これで今年一年、幸せに過ごせそう。」という言葉を頂くと、心が温かくなり、大きな励みになりました。
また、十日戎が終わったあとも月に1、2回、地域のお祭りや百貨店のイベントなどに参加させていただき、地元の皆さんと関わり合いを持てたのも楽しかったです。

一日警察署長も無事務めました
お客様にとって“特別な売り子”を目指して 1試合100杯達成までの道のり
ビールの売り子のアルバイトをしているというお話がありました。もともと野球観戦が好きだったんですか?
いいえ、そういうわけではありません。小学4年から高校3年までソフトボールをやっていたので、野球のルール自体はよく理解していたのですが、プロ野球についてあまり詳しくなく、甲子園球場に少し足を運んだことがある程度でした。大学では部活やサークルに入っていなかったので、何か打ち込めることを見つけたいと思い、2回生の春から売り子のアルバイトを始めました。
ビールの売り子ってとても大変だと聞きます。
そうなんです。まず、とにかく重いんですよね。保冷バックを肩にかけて球場内をぐるぐると歩き回るのですが、開始30分でもうクタクタです。試合開始前から働くので、長い日は5〜6時間歩き続けることもあります。体力的にしんどい上に、「売れない」という重圧ものしかかるので、精神的にもきついアルバイトだと感じます。
また、売り子にはピラミッドのようなランク制度があって、売上の良い子ほど人気の銘柄を担当できる仕組みになっています。新人は最初からビールを持たせてもらえるわけではなく、まずはソフトドリンクからスタートするんです。ソフトドリンクの時は、1試合で20杯も売れなかった記憶があります。
ビールを持たせてもらえるようになるまで、どれくらいかかりましたか?
そこは意外と早く、売り子を始めて1か月ほどで持たせてもらえるようになりました。
ただ、そのビールというのが「糖質ゼロ」の売れにくい銘柄だったんです。新人の売り子は皆通る道なのですが、私はそこで苦戦してしまい、上のランクのビールを任せてもらえるようになるまで、半年ほどかかってしまいました。
球場で糖質ゼロのビールを選ぶ人ってなかなかいないですよね。売上を伸ばすためにどのような工夫をしましたか?
まずは、一度買ってくださったお客様の顔を覚えることを心がけました。年間シートを持っている方はいつも同じ席に座ってらっしゃるので、「以前も買ってくださいましたよね!ありがとうございます!」というように声をかけるようにしました。そうするとお客様も私のことを覚えてくださって、「また買おう」と思ってくださる方が少しずつ増えていったんです。
また、球団の公式アプリを入れたり、SNSをフォローしたりして、知識を身につける努力もしました。お客様の好きな選手を尋ねたり、身につけているグッズから会話を広げたりしながら距離を縮め、お客様にとって“特別な売り子”を目指しました。
そのような努力を地道に続けた結果、夏頃から売上がぐっと伸びて、ついに一日100杯の販売を達成することができました!憧れだったサントリーのプレミアムモルツも持たせていただけるようになり、とても嬉しかったです。
今後の売り子としての目標はありますか?
今シーズンは、売り子の中でも限られた人しか持つことができない、最上位ランクのアサヒスーパードライを担当することを目標にしています。就職活動と並行しながらにはなりますが、できるだけ休まずに出勤し、一つでも上のランキングを目指して頑張りたいです。
















