美学生インタビューInterview
「どこまで映すべきなのか」フィリピンのスラム街で考えた“報道の線引き”
将来の夢を教えてください。
小学生の時からアナウンサーを目指しています。幼い頃から人前で話すことが好きで、小学校では音読や発表の時間が楽しみでした。
また当時、日本テレビの『ZIP!』を毎朝見ていて、司会のアナウンサーの方がとてもキラキラしているように感じたんです。明るいトークで場をつなぎ、日本の朝の雰囲気を作っていく姿に憧れ、「自分もいつか“朝の顔”になりたい」と思うようになりました。
高校生の頃からは英語の勉強が楽しくなり、大学は外国語大学を選びました。今は国際政治やグローバルイシューについて学んでいます。
英語が話せると、アナウンサーとしての活躍の幅が広がりそうですね。
そうですね。災害報道の際にも役に立つと思います。
私が中学1年生の時に西日本豪雨が発生し、地元・愛媛でも大きな被害を受けた地域がありました。その当時、「日本に住んでいる外国人の避難が遅れた」という内容の記事を目にしたんです。「緊急速報」や「避難」といった言葉は、日本に長く住んでいない方にとって理解に時間がかかってしまい、その結果、迅速な避難行動が取れないことがあるそうです。
記事を読んだ時、もし自分が英語を話すことができれば、災害報道においてより多くの人に素早く正確な情報を届けられ、救える命も増えるのではないかと思いました。この経験をきっかけに、「英語が話せるアナウンサーになりたい」という思いを抱くようになりました。
大学では国際政治やグローバルイシューについて学んでいるとのことですが、特に興味のある分野はありますか?
途上国支援に興味があって、去年の春にフィリピンのスタディツアーに参加しました。貧困地域を訪れて実際の様子を目の当たりにし、ホームステイも経験しました。

その中で、普段メディアで報道されている内容は、現地の一部の側面にすぎないのではないかと感じるようになりました。現地の方々が本当に必要としている物や、心に抱いている思いを丁寧に汲み取って伝えられるアナウンサーになりたいという思いが強くなりましたね。
途上国支援には以前から興味があったんですか?
いいえ。大学に入学するまではまったく興味がなく、むしろ「途上国に行くなんて無理だ」と思っているタイプでした。
でも、大学に入ってから、その考えが大きく変わりました。というのも、私の通っている神戸市外国語大学には行動力のある学生が多く、フィリピンをはじめ、マレーシアやアフリカなど、「そんな所に行って大丈夫?!」と思うような国へ行く人が身近にたくさんいたんです。
また、大学の先輩から、「教科書で習ってきたことが本当かどうかはわからないし、今ニュースで流れていることも、正しいかどうかは実際に自分の目で確かめないとわからないよ。」という言葉をいただいたこともきっかけになりました。そこから考え方が変わり、自分自身で現地に足を運び、直接触れてみたいと思うようになりました。
自分の目で確かめることは、とても大切ですよね。実際にフィリピンのスタディツアーに参加して、どのようなことを感じましたか?
私はフィリピンの首都マニラの北西部に位置する「トンド地区」というスラム街を訪れました。その地域には、日本のNGOをはじめ、さまざまな国の団体が“勉強会”というていで足を運んでいます。
貧困地域の現状を知り、それを発信する人が増えることでより多くの支援につながるというメリットがある一方で、外国人が頻繁に訪れることを必ずしも現地の人々が喜んでいるわけではないとも感じました。

現地は匂いも強く、想像を超える過酷な環境で生活している人々がいます。そうした状況を目にした時、思わず表情に出てしまう外国人も少なくなく、それを見て悲しむ住民の方もいれば、睨みつけるような視線を向ける方もいました。「裕福な外国人が自分たちの貧しい暮らしを見に来ているだけ」と受け取られても仕方がないと思います。
難しい問題ですね。
めちゃくちゃ難しいです。私自身は、現地に行ったからこそ得られた知識や考え方の変化があって、参加して本当に良かったと感じています。ただ、現地住民の立場から見たときに、私があの場所を訪れたことが正解だったのかは、今でもわかりません。
住民の方にも当然プライバシーがあり、「そこまで映さないでほしい」と思う気持ちも理解できます。でも、その映像や体験があるからこそ、現状を変えたいと考える人が増え、支援につながっていく。だから必要なことだ、という考え方もあると思います。
どこまでが許されるのか、何が正解なのか。その線引きについては、まだ自分の中で答えは出ていません。この経験を通して、改めて報道の難しさを深く考えさせられました。
万博・スペインパビリオンで働いて知った、日本と海外の仕事観の違い
スタディツアー以外に、これまでの大学生活で印象に残っている活動はありますか?
昨年の大阪・関西万博で、スペインパビリオンのアテンダントを務めたことです。大学でお世話になった教授が声をかけてくださり、私が大学でスペイン語を第2言語として履修していることもあって、スペイン館で採用していただきました。

主な業務内容は、来場者の誘導や、パビリオン内の展示の説明です。来場者は日本人の方が多かったため、日本語での案内が中心でしたが、最初の挨拶で「オラ!(こんにちは)」や「ビエンベニードス!(ようこそ)」といった簡単なスペイン語を話すだけで、皆さんの表情がぱっと明るくなり、とても喜んでくださいました。言語一つで人を笑顔にできるのだと実感し、改めて語学を学ぶことの大切さを感じました。
スペインパビリオンはスペイン人の方が案内役を務めるイメージがありましたが、日本人も採用されるんですね。
今回の勤務では、外資系企業に雇われる形で働きました。世界各国からスタッフが集まっていて、日本人は少数派。フィリピンやフランス、韓国、ドイツ出身のメンバーと一緒に働く、とても国際的な環境でした。

日本のアルバイトとは大きく違う働き方で、強く印象に残っています。特に驚いたのは、時間管理や給与計算が大雑把なことでした。お給料は毎月振り込まれるのですが、実際の勤務時間と明細がほぼ毎月合っていなくて、スタッフ同士で明細を見比べながら確認し、会社に問い合わせることが当たり前のようにありました。
これまで日本で働いてきたアルバイトでは、働いた分が分単位で正確に支払われるのが普通だったので、その違いには正直とても驚きました(笑)でも、この経験を通して、「会社に任せきりにせず、自分でしっかり確認することの大切さ」を学びました。自分の働き方や権利に対して主体的になるきっかけになったと思います。
勤務時間と明細が合っていないのはびっくりですね!(笑)他に日本と海外との違いで印象に残っていることはありますか?
海外の考え方に刺激を受けた場面もたくさんありました。特に印象的だったのは、海外スタッフの発言の積極性です。
日本で育った私にとっては、目上の上司や会社に対して意見を伝えたり指摘したりすることは、少しハードルが高いと感じていました。でも、海外のメンバーたちは、自分が正しいと思うことをはっきりと言葉にして伝えていました。「自分の意見を伝えることが、よりよいチームにつながる」というそのまっすぐな姿勢はとても印象深く、日本でもこうした価値観がもっと広がったらいいなと感じました。
また、毎月のように開催されていたパビリオンスタッフのパーティーも、忘れられない思い出です。みんなが自分らしく、ありのままに踊ったり、おしゃべりしたり、歌ったりしていて、その姿が本当にキラキラして見えました。「私も好きなように生きていいんだ」と、自然と勇気をもらえた気がします。まさに映画で見ていた海外のパーティーのようで、年齢や国籍を越えてお互いを認め合い、楽しむ雰囲気はとても新鮮でした。

世界各国から集まったメンバーと一緒に働くことで、多様な価値観や生き方に触れることができ、大変なこともありましたが、それ以上に自分の視野が大きく広がり、かけがえのない経験になりました。
貴重な経験でしたね!では最後に、今後の目標を教えてください。
最近は、発展途上国の低所得者層を対象とした「BOPビジネス」に関心があり、3年生からは経済・経営系のゼミに所属することが決まりました。グローバルイシューに対する理解をより深め、課題を解決する力も身につけていきたいです。
そして将来は、これまで学んだ知識や語学力を活かして、世界と日本をつなぐ架け橋となるアナウンサーになることが目標です。この思いは、大学受験の際の志望動機にも書きました。もしアナウンサーになれたら、ただ原稿を読むだけでなく、英語を使って自ら積極的に海外の人にインタビューしたり、国際問題や社会問題を扱う番組の司会にも挑戦したいです。
美学生プロフィールProfile
担当カメラマン・インタビュアーCameraman & Interviewer
















