美学生インタビューInterview
「ガブッ」とされて壁に投げられて……
琴音さんが今、一番打ち込んでいるものってなんですか?
乗馬です。
お父さんが趣味でやっていて、高校1年の頃だったかな、家族みんなで一緒に馬を見に行ったんです。その時、私も試しに乗ってみたらハマったのがきっかけです。
乗馬する人って珍しいですね。初めて馬に乗った時、どんな感じでしたか?
馬って近くで見るとおっきいですし、乗ると思ったより高いなって。それに鞍の上に座ってもすごく柔らかいし、温かみを感じます。最初は少し怖かったけど、最初の最初だけで、2、3回乗るとすぐ平気になりました。
私、今までバイオリンとかバレエとかたくさん習い事をしてたんですけど、自分の中でずっとしっくりくるものがなくて。でも、乗馬は初めて自分で習いたいって気持ちになりました。
どうしてそう思ったんですか?
動物が大好きっていうのが大きいですね。
動物と一緒にできるスポーツってこれしかないんですよ。乗馬って乗る人のコンディションが悪いと足とか腰を通して馬に伝わるので、私が緊張して固まると馬も緊張するんです。だから自分も馬も良い状態じゃないと良い成績が出ない。馬のケアもしなくちゃいけなくてすごく奥が深い。
それに男女も年齢も関係がない競技で60歳くらいの人と、6、7歳の小学生が同じ表彰台に並ぶこともあります。小さい子に負けて悔しいときもあるけど、それも含めて楽しなって思います。
でも、馬って大きいし、蹴られたりしそうでちょっと怖いです。
蹴られたり噛まれたりはありますよ。私が噛まれたのは厩舎から馬を出す前に蹄の手入れをしようとした時で、他より大きな馬だったので“この馬、ちょっと怖いな”って思ってたらガブっと。
馬もこの人はビビってるから、ちょっと噛んだらどっか行くやろって思ったんですかね。ちょっとした気持ちが伝わってたみたいで。蹄を触ろうと屈んだ時に背中を噛まれて、そのまま壁に投げられたんです。
口の力だけで持ち上げられたんですか?すごい力ですね。大丈夫だったんですか?
服の上からなんですけど噛まれたところが内出血しました。自分からしたら、え?って感じで。冬で厚着していてそれなんで夏服だと切れてましたね。
でも、動物は喋れないじゃないですか。だから仕方ない部分もあると思うんです。それまで安心しすぎてたので、常に警戒心は持たないとなって思いました。
そのあと乗るのが怖くなったりしませんでしたか?
噛まれたあとは怖かったです。暴れられるんじゃないかとか。
でも、インストラクターの方に「怖いと思った後こそすぐに乗れ」って言われて。恐怖心って時間を置けば置くほど大きくなるので、そういうことがあったときはすぐ乗らないといけないそうです。すぐ乗って自分には安心感を、馬にはこの人の言うことは聞かないとダメだってわからせるんです。
ちゃんと覚えさせないといけないんですね。
舐められるとずっと舐められたままなので。
でも、馬って賢いから私の姿が見えてなくても厩舎に近付いたら足音とかで気付きますし、仲良くなると離れようとしたら鳴いたり壁を蹴ったりして、帰らないで!って訴えてくるんですよ。
そういうとこがめちゃくちゃ可愛くて。純粋だし裏切らないんです。愛情を込めたらしっかりと応えてくれるって感じですね。
最後に“親友”と勝ち取った勝利
競技の乗馬ってどういうことをするんですか? バーを飛び越えるイメージがあります。
いくつか競技があるんですけど私がやってる『障害飛越競技』はまさにそのイメージ通りで、コースに設置された障害物を飛び越えて速さ競うものです。
障害物は一番低くて80cm。そこから大会によって10cm刻みで上がります。で、競技会に出るには検定試験があって2級の高さが110cm。
そこまで割と簡単にできたので私ってセンスあるんじゃない!?って思ってたんですけど、その110cmが大きな壁になりました。
飛び越える物が高くなると当然難しくなりますよね。
高いと馬も怖くなります。1mを超えると全然違うんですよ。
障害物まで適当に走ると馬も歩幅が合わない。自分で調整して助けてくれる賢い子もいますが、馬はもともと臆病なので怖いと感じると障害物の前で止まっちゃいます。そうなると競技では失権です。
歩幅を合わせるには技術がいりますし、怖いと思わせず、跳びたい気持ちにさせるのは乗り手次第です。私はよく「馬が障害物を飛ぶ前に人が先に飛んでる」って言われてました。大事なのは馬を飛ばせてあげることなのに、焦って余裕がないんですよね。
でも私、負けん気だけは誰よりも強いので、強い気持ちで毎日繰り返し練習してると越えられるようになって。私自身、今まで壁なんて乗り越えたことなかったので、クリアできたときはものすごく達成感を感じました。
試合はどういうものに出場してるんですか?
最初の試合は乗馬クラブが主催する力試し的な大会で、始めてから半年後に出ました。最初なので低めの障害だったんですけど、出場者20人中1番でゴールできたんですよ。
最初の試合で1位を獲れたのはすごいですね。
負けず嫌い精神が出てました。5位までに入るとリボン、1位になるとメダルやトロフィーをもらえるんですよ。そういうのもらうのは初めてだったから嬉しかったですね。
優勝トロフィー、キラキラのテカテカなんで、部屋に飾ってるともっと並べたいって欲が出てきて。頑張って試合に勝って今は8個くらいあります。
結構優勝してるんですね。今まで一番頑張った大会っていつですか?
大学1年生の頃に出た西日本大会ですね。ずっと見てもらってたインストラクターの方が辞めるってタイミングで、最後にいいところを見せたいと思って。
試合の時はいつもガチガチに緊張して殆ど周りが見えなくなるんですけど、この日は冷静で、始まる前にその人を見て、しっかり合図もできたんですよ。
いつもは勝つことばかりを考えてたんですけど、試合前に「これをクリアするぞって目標を明確すると、結果が勝手に付いてくるよ」ってアドバイスしてもらってて、そういう気持ちで臨んだら自然と優勝できたんです。
お世話になった人の前で勝ててよかったです。勝った時の気持ちはどうでしたか?
試合が終わって自分の名前がアナウンスされた時、馬を散歩させてるとこだったんですけどビックリして泣いちゃいました。
実は一緒に試合に出てた馬も私が乗るのは最後で、違う子に乗り換えることになってたんです。『セラフィム』っていう名前の女の子なんですけど、女の子って喜怒哀楽が激しくて、急に走りだしたり、試合中に暴れることもあって。
でも、そのときは泣いてる私に寄り添ってくれてました。
ずっと一緒にやってきて親友みたいな関係だったので大きな大会で実績が残せたのがめちゃくちゃ嬉しかったです。
死と向き合う覚悟
大学は獣医学部だそうですね。そこに進学したのはやっぱり動物好きだから?
私の家は両親が薬剤師の医療一家なので自分も薬剤師になるのかなって思ってたんですよ。でも、乗馬がきっかけで獣医さんと出会って、獣医師が足りてないって聞いて。だったら自分がならないといけないんじゃない?って気持ちになりました。
それと、もう1つ大きなきっかけがあって。
どんなきっかけですか?
子どもの頃、1匹の猫が道路に倒れてるのを見つけたんです。車に轢かれて死んでいました。それを隅に寄せてあげようと思ったんですけど、いざ近付くと無理だったんです。目の前にすると何もできなかった。それが悔しくて。
動物って自分の弱ってる姿を家族にも見せずに離れるくらいなのに、人目にさらされてるのがかわいそうで。獣医師だったとしてもその子には何もできなかったかもしれないけど、それでも動物を助けられるようになりたいって、その時から思うようになったんです。
そんな体験をしたんですね。でも、獣医師になるのってすごく難しいイメージです。
って知ってる方もいれば、私なんかは動物だからそんなに難しくないんじゃないかなって思ってたんです。
でも、実際はめちゃくちゃ難しくて。高校ではろくに勉強してなくて、入試前に成績が足りなかったんですよね。塾の先生からも受からへんからやめとけって言われて。
だけど私、お姉ちゃんと2人でよく海外で動物のボランティアをしてたんですよ。ゾウの飼育とか、猫の保護とか。お父さんに「自分の環境が恵まれ過ぎてることを実感しろ」って言われて。
その時はなんで行かなあかんの!?って感じてたんですけど、そういう体験を面接で話して推薦勝負で行こうって決めました。
それで受かったんですね。でも、どうして北海道の大学を選んだんですか?
大きな動物をたくさん扱うからです。地元の大阪では難しいんですけど、酪農学園大学では牛とか馬とか大動物を飼育してて、馬の獣医を目指す上でいいんじゃないかなって。
獣医師になるための勉強ってどんなことをするんですか?
座学は生物や化学。実習は1年生から解剖をします。動物の体を知るために臓器や骨、筋肉の構造を見たり、病気のありなしを見たり。
胃とかは内容物の匂いがすごいんですよ。でも、そういうのも耐えれないといけない。他には生きた牛を相手に直腸検査とかもやります。
構造を勉強して面白いなって思ったのが、馬は後ろ蹴りをするけど牛は足が後ろに回らないんです、骨格上。だから馬の後ろは危ないけど牛は大丈夫とか、実習を通じて実感できるのが楽しいです。
勉強するのは牛や馬が中心なんですか?
いえ、獣医師って全ての動物同じ免許なんで、全ての動物にまつわる知識を覚えないといけません。授業を受けても大好きな馬の話だとすぐ頭に入るんですけど、それ以外は覚えるのが大変でパンクします、ほんとうに。
けど、将来のことを見据えたら、色々な動物を勉強できるのはこの6年間だけなんで、知り合いの獣医師さんから今のうちに知識をいっぱい頭に入れておきなさいって言われました。
獣医師になる上で一番大事なことは何だと思いますか?
予備校の先生に面接の練習をしてもらった時に「動物が好きで動物を助けたい。」って志望動機を話したんです。そしたら「獣医師目指すの辞めろ。」って言われて。
えっ、なんで?って思ったんですけど、獣医師って実は一番動物を殺す職業でもあるんですよね。
どういうことですか?
例えば、保健所で殺処分のボタンを押すのは獣医師なんです。免許がないと押せないんですよ。
動物病院でも最善を尽くすけど最終的には飼い主の言うことを聞かないといけない。何らかの理由で飼い主がNOと言ったらNOの選択をしないといけなくて、結局は人が納得しないと意味がないんですよ。
助けたくても助けられないことがあるし、助けたくても殺さないといけないことだってある。動物を救う職業であり、殺す職業でもあるんです。そこは絶対に頭に入れておかないといけない。
覚悟がいるってことですね。
だから、ただただ動物が好きって人はなれないんです。私はきちんとそういう覚悟を持った獣医師さんになりたいです。